忙しさも先延ばしも

オリバー・バークマンさん。「自分の時間は、あまりにも短い。その事実を直視するのは怖いことだ。そんな現実を直視したくないから、僕たちは全力で現実を回避する。まるで何の制約もないように、非現実的な幻想を追い続ける。完璧なワークライフバランス、やりたいことがすべて実現できるタイムマネジメント。あるいは逆に、先延ばしという戦略もある。難しいことに挑戦して失敗するのが怖いから、延々と先延ばしして、『本気を出せばできる』と思い続ける。忙しさも先延ばしも、結局は怖いことから目をそらすための方便だ。ニーチェは次のように言う。『我々は生活に必要な以上に熱心に、夢中で日々の仕事に取り組んでいる。立ち止まって考える暇ができては困るからだ。世の中がこれほど忙しいのは、誰もが自分自身から逃避している為である』」逃避。

マルチタスクの誘惑

オリバー・バークマンさん。「そうするうちに、やがてマルチタスクの誘惑がやってくる。同時に2つのことをやれば、同じ時間で2倍の成果が出せるという理屈だ。ニーチェは、1887年の時点で早くもマルチタスクに警告を発している。『昼食をとりながら新聞で株式市場の動向を読んでいるとは何ごとか』とニーチェは嘆いた。そうやって時間活用ばかり考えていると、人生は想像上の未来に描き込まれた設計図となり、ものごとが思い通りに進まないと強い不安を感じるようになる。そして時間をうまく使えるかどうかが、自分という人間の価値に直結してくる。時間のなかを泳いでいたはずの僕たちは、いつしか時間を支配し、コントロールする立場になった。時間をコントロールできなければ、罪悪感でパニックになる。自分のことをダメ人間だと感じる」何事か。

時間を使うようになり

オリバー・バークマンさん。「時間の発明によってすべてが悪くなったわけではないし、中世の農民の生活に戻ろうと主張するつもりも全然ない。でも僕たちは、ある閾値を超えてしまったのだと思う。時間はもともと、生活が繰り広げられる舞台であり、生活そのものだった。ところが、時間はどんどん生活から切り離され、『使う』ことができるモノになった。ここから、人間と時間との現代的な格闘がはじまる。時間を『使う』ようになった僕たちは、『時間をうまく使わなければ』というプレッシャーにさらされる。時間を『無駄に』すると、すごく悪いことをした気分になる。やることが多すぎてパンクしそうなとき、僕たちはやることを減らそうとするのではなく、『時間の使い方を改善しよう』と考える。もっと効率的に働こう、もっと頑張って働こう」だな。

仕事時間中に別のこと

オリバー・バークマンさん。「ルイス・マンフォードは、産業革命は、時計なしではけっして起こらなかったという指摘をしている。18世紀後半、イギリスの農民たちは都市部に移り住み、工場で働く労働者になった。工場のオーナーたちは、労働時間を効率的に管理しようと考えるようになった。こうして、時間に値段がつけられた。一時間でいくらという時給制に変わった。資本家達は、仕事の時間に別のことをしている労働者たちを、盗っ人だと考えるようになる。働かないやつらは、時間という資源を盗んでいるのだ。1970年代、イギリスの実業家アンブローズ・クロワリーは、『タバコを吸ったり、歌を歌ったり、新聞を読んだり、ケンカをしたり、何であれ仕事に関係のないこと』をした時間分を、すべて給料から差し引くという方針を発表した」今はどうだ。

深い時間を生きる

オリバー・バークマンさん。「農民の暮らしはけっして楽ではなかった。でも彼らは、日々の暮らしのなかで、神々しく輝く瞬間を知っていた。リチャード・ロールはそれを『深い時間を生きる』と表現している。夕暮れどき、クマやオオカミにまぎれて、森の中でささやく精霊の声。畑を耕しながら、ふと広大な歴史の渦にのみ込まれ、遠い祖先が我が子と同じくらい身近に思えるひととき。作家のゲイリー・エバリーの言葉を借りるなら、『あらゆるものが充分にあり、自分や世界の空虚さを埋めなくていい、そんな領域に突然入り込む』瞬間、そんなとき、自分と世界を隔てる境界線は揺らぎ、時間は停止する。『時計が止まるわけではないが、時を刻む音がふいに聞こえなくなる』とエバリーは表現する。祈りや瞑想でそんな境地に達する人もいる」深い時間、忘れてるな。

マジックナンバー3

橋本之克さん。「『3』は日本や世界において『マジックナンバー』とも呼ばれる特別な数字です。3つ未満では、十分でない、網羅されていない印象を与えます。逆に4つ、5つと選択肢が増えると共に、個々の要素を把握しにくくなっていきます。3つの要素の組み合わせが、安定していてちょうどいい、という印象になりやすいのです。3つの選択肢を前にした際、人は『中間を選びたくなる』心理に駆られます。このような心理を、『極端回避性』と呼びます。このような三択の場合に、あえて魅力のない選択肢を入れることで、それと似た別の選択肢の魅力を高められることが示されました。この心理は『おとり効果』と呼ばれています。人の選択は、選択肢の作り方に影響されやすいのです。選択肢の作成から選択まで自分主導で行うことです」本命、対抗、穴馬。

保有効果と損失回避

橋本之克さん。「『保有効果』は、自分が保有する物に高い価値や愛着を感じ、手放したくないと感じる心理現象です。人は無意識に、『手放すことを損』『手に入れることを得』ととらえるのです。すると、『損失回避』によって手放すことを避けます。それはすなわち、保有する物の価値を高く感じるということです。この法則は、ノーベル経済学賞受賞者のリチャード・セイラーが、自身が籍を置く教授の言動からヒントを得たと言われています。自分の手元にあるワインの価値を高く評価する彼の態度が、経済学の教授と思えないほど極端だったといいます。その様子が、『保有効果』の発見につながったのです。返品無料だからという理由で、とりあえず買う洋服や靴の場合でも、まったく同じような現象が起こります」一度手に入れると手放すことが惜しくなる仕組み。