総大将ご出馬あれ

nakatomimoka2009-11-02

司馬遼太郎さん。『燃えよ剣』より「幕軍が、討薩表(陳情書)をかかげて大坂を出発するというのはいいが、その陣頭になぜ慶喜が立たない。慶喜大阪城に腰をすえたままである。しかも姿勢はおよそ戦闘的ではなく、婦女子のように恭順しているだけではないか。(わるい卦だよ)とおもうのだ。大阪夏の陣の軍談は、歳三は諳んずるほどにおぼえている。総大将の豊臣秀頼は、ついに一歩も大坂城を出なかった。四天王寺方面で難戦苦闘している真田幸村は、何度か息子の大助を使者に出して「総大将ご出馬あれ」と、懇願した。大将が出れば、士卒はふるい、倍の力を出すものである。が、秀頼は、敵の家康が、七十余歳の老齢で駿府府からはるばると野戦軍の陣頭に立ってやってきているのに、ついに出なかった」”リーダー”は籠もらずに陣頭に出ているか。