楽観的は執着しない

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小池龍之介さん。「(『前向きと楽観』の因子、『何とかなる!』因子と言っています。『まあ、何とかなるね』と思っている人の方が幸せであるということです。)楽観的ということですね。それは『執着しない』に繋がりますね。『こうじゃなきゃだめだ』みたいな固定観念から、『絶対そうじゃなきゃだめだ』と思うと、それ対する『だめだったらどうしよう』といったような不安と、悲観的な気持ちみたいなものが湧いてきやすいかもしれません。でも、固着していなくて『変化があればその時対応すればいいよ』というような執着のない心持ちでいられたら、楽観的に『ま、何とかなるでしょう』と思っていられますね。ただ、ここでも楽観的な人と悲観的な人がいるとして、悲観的な人に楽観的な人になって貰うというのはなかなかできないと思いますが」執着かあ。

高周波が幸福に

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小池龍之介さん。「『物理的な体の振動が、高周波の人のほうが幸福なはずで、低周波の人がより幸福ではない』という結果なんですね。それもそのはずで、その振動、より洗練された繊細な感情を作っているほど、それの発している波というのは繊細で高周波。別の言い方をすれば、より物質的でない感じになるんですよ。より固体的ではなく、より流動的な感じとして感じられるんです。ところが、『攻撃性』とか、『傲慢さ』とか、『ごまかそうとする気持ち』などというのは、身体的に縮こまる感じというのを皆さんも経験していると思うんですけれど、それが発散しているオーラというのは、より振動が鈍い、粗い波なんです。より固体的で鈍く硬い感じであるか、より振動が繊細でより速いか。より物質的でなかったりするのが、慈悲の波の次元のような」人間の波動。

異質への転導

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頭木弘樹さん。「ギリシャの哲学者で数学者のピュタゴラスは、心がつらい時には、『悲しみを打ち消すような明るい曲を聴くほうがいい』と言いました。これを『ピュタゴラスの逆療法』と言います。現代の音楽療法でも、『異質への転導』と呼ばれ、最も重要な考え方の一つです。一方、ギリシャの哲学者アリストテレスは、『その時の気分と同じ音楽を聴くことが心を癒す』と主張しました。つまり、悲しい時には、悲しい音楽を聴く方がいいというのです。これは『アリストテレスの同質効果』と呼ばれています。現代の音楽療法でも、『同質の原理』と呼ばれ、最も重要な考え方の一つです。両方とも正しいことが、今ではわかっています。心がつらい時には(1)まず最初は、悲しい音楽にひたる。(2)その後で、楽しい音楽を聴くのがべストです」あの時はその通り。

してもらって当たり前

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小池龍之介さん。「修行などしなくても、いい畑をたまたま持っている人は幸せで、種を植えてあげると育ってくれるのでいろいろなことに満足できたりもするでしょう。それも結局、どういう過去を送ってきて、どんなエネルギーを心の中にため込んでいるのか、という条件次第で、ある原因からどういう結果が出るかがある程度、決まってしまっているので、やっぱりなかなか『ありがとう』と思えない場合が多いかもしれません。思えるときが、平均的な他の人より多い人が、たぶん幸せなのだと思います。ただ、たいていは感謝を持とうと思っていても、『してもらって当たり前』と思っている自分がどうしても長くなってしまって、それに慣れていて、総合的に見ると、本当の幸せになかなかなれない人も多くて」ありがとうと言ったらすばらしいに納得できるか。

エネルギーは干渉する

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小池龍之介さん。「実は、詳細に精神の働きを見ていくと、ある程度、近接したところに存在しているエネルギーというのは絶えず干渉してくるのです。相談者にとって、付きあっている人の伴侶は会ったこともない関係のない人で、その人がどう傷つくかなんてまったく興味がない存在に見えているでしょう。しかし、実際はそうではないのですね。『好き』というジャンル分けは欲望によって生まれ、『嫌い』というジャンル分けは怒りによって生まれ、『関係ない』というジャンル分けは無知によって生まれます。無知は今のような素朴な『本当は相手が傷つきかねないのに、その認識に至っていない』という雑なレベルから始まって、コンビニで買い物をしたときに対応した店員さんなどを、『関係ない』と思ってそうジャンル分けするようなところも含みます」影響。

トンネルを通じて

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小池龍之介さん。「『つながり』ということで言えば、お坊さんは誰ともつながらないで生きているように見えますね(笑)。でもある意味、ひじょうに複雑な、すべての人とつながっているようなところがあります。自分の知り合いに対して、その知り合いの知り合いが怒ったりすると、微妙につながっているトンネルを通じて、その知り合いの知り合いの知り合いの怒りの念波が、こちらにまで飛んできたりします。そういう意味では、関係ない人というのが本当にいるのかというと、どうでしょう。もしも、好きな人のグループを『つながり』と呼ぶのだとしたら、少し考えを広げてもいいのかもしれません。『好きな人』と一般的に言う場合は、欲求、『自分にとって好ましいものを満たしてくれる』という人のグループを『好き』と分類しているだけです」微妙に繋がる。

感謝は難易度が高い

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小池龍之介さん。「人は基本的には好感を持つ相手を設定したら、その人が自分に何をしてくれるか、という気持ちに傾きます。だから、『あなたは私に何をしてくれるのか』と考える。そこであまり期待値が高くなると、期待が満たされないことが苦しくなるので、『これだけ、もうしてくれている』と思えて『ありがとう』と思えたら、幸せににつながっているでしょうね。満足が得られているから。ところが、感謝って難易度が高いのです。修行しないで本当に実践することが可能なのかというと、どうでしょう。つまり、通常状態の人の『心』という名前の畑はどんな畑かというと、どうしても『いいな』と思った人からは収奪するけれど、『嫌だな』と思う人がいたら嫌うというパターンをひたすら繰り返す。人間という生き物の畑の基本設計がそうなっています」畑。