ソーシャル・キャピタル

内田由紀子さん。「ソーシャル・キャピタルは、平たくいえば個人あるいは社会のなかで醸成される『つながりの力』である。頼ることができる親しい人が近所にいる。あるいは滅多には会えないが、遠方に情報交換をできる友人がいる。これらはいずれも『つながりの力』である。この分野の第一人者であるロバート・パットナムによると、ソーシャル・キャピタルは『個人間のつながり、すなわち社会的なネットワークおよびそこから生じる互酬性と信頼性の規範』として定義されている。力を合わせることで課題を解決することや、集まって話をすることでストレスを解消すること、不審な人物がいれば知らせ合うようなしくみによって犯罪を減らすなど、その効果にはさまざまなポテンシャルがあるとされている。それが高い人ほど、幸福感が高い」つながりの力。

固定理論と拡大理論

内田由紀子さん。「人間の能力は生まれながらにしてある程度『固定的・永続的』であるという考え(固定理論)を持っている場合、ある領域における自分の能力に自信をもっていなければ、その領域での努力を継続することは難しい。それゆえ、課題に対する自分の能力が十分であるかどうかに注意が向き、自分の能力について肯定的評価を受けることを目指す『自我目標』が課題となる。そして、失敗するとその課題に対する無力感が導かれやすい。これに対して能力は『可変的』であるという考え(拡大理論)を持っている場合、目標は自分の能力を高める『課題目標』となる。すると課題への失敗は新たなる努力目標の発見と弱点の克服にも繋がる有益情報として捉えられる為、つらい感情体験をするような失敗事象の認識は重要視される」固定理論の北米、拡大理論の日本。

相互協調的自己感

内田由紀子さん。「北米で繰り返し検証される自己高揚傾向(自分が他者よりも優れていると考える傾向)などはこの表れともいえるだろう。これに対し、日本において主にみられる相互協調的自己感は、①人は他者や周囲の状況などと結びついた社会関係の一部であるため、その定義は状況や対人関係の性質によって左右されるものであり、②人の行動はその人が関わっている状況や他者からの反応の結果であり、③対人関係は周囲からの要求に互いに『合わせる』行動によってつくられている、というモデルである。相互協調的な自己観においては、人は他者や周囲の状況に合わせるために自己の足りないところに注意を向け、他者と協調的に関わっていくことが必要になる。また、自己の力を高く見積もるような自己高揚傾向は日本ではあまりみられない」ミックスだな。

相互独立的自己観

内田由紀子さん。「相互独立的自己観とは、①人は他者や周囲の状況から区別された属性によって定義される『主体性』を持った実体であり、②人の行動の原因となるのは内部にある属性そのものであり、③対人関係は互いの相手に対する関心や、向社会的動機づけに基づいた行動や、周囲へのコントロール欲求によって築かれているというモデルである。このような自己感においては、個人は高い自尊心をもった主体で、それを周囲に対して表現するものであるとされる。よって個人が社会的に適応するためには、自分のなかに望ましい属性があることを確認して、『誇り』をもってそれを表現していくことが必要となる。この傾向は、結果として他者から受ける『称賛』により、さらに強まっていく。こうした経験を通し『自己の独立』にまつわる価値観が生まれていく」主体性。

人生楽ありゃ苦もあるさ

内田由紀子さん。「バランス志向的幸福は、さまざまな形でわたしたちの物の考え方に影響を与えている。自らの人生だけではなく、他者の人生や出来事に対する予測にもバランス志向的解釈がみられる。『幸せすぎるとそのうち良くないことが起こるのではないか』という理解が定着しているのも、文学や芸術の表現の中からそうした部分に注目してきたからかもしれない。かつて時代劇の『水戸黄門』で歌われていた『人生楽ありゃ苦もあるさ』というフレーズが思い出されるが、河合隼雄の書籍『こころの処方箋』においても、『二つ良いこと、さてないものよ』と述べられ、東洋では人生の苦を乗り越えていくために、こうしたバランス志向が生み出され、さまざまな場面に応用されている。陰陽志向は物事の変化予測に影響を与えるという」涙の後には虹も出る。

人並みの日常的幸せ

内田由紀子さん。「逆に不幸せ感についても同様の調査を行ったところ、アメリカ人の記述の9割が悪い側面についてのものであったのに対し、日本では『不幸せには美しさがある』『不幸せは、自己向上のきっかけとなる』など、肯定的要素を30%ほど見いだしていたのである。総じて、自分だけが周囲から飛びぬけて幸福であったりすることよりは、『人並みの日常的幸せ』が大切にされている。つまり、100点満点の幸せが必ずしも理想のものとして目指されていないのである。内閣府の調査で理想の幸福度を尋ねたところ、日本では7.5点を下回っていた。つまり、日本の幸福度を欧米諸国のように8点、9点に上昇させる、という目標はあまり適切とはいえないのかもしれない」満月が欠けることのないような幸福の状態は長く続かない、という考え方もあるし。

バランス志向的幸福

内田由紀子さん。「日本では、幸せな状態はその時々で変化するものであり、良いことばかりが続く人生というのはなかなかない、という価値観が生活の中で根づいている。物事には良い面と悪い面の両面が同時に存在するという『陰陽思想』の影響がある。あまりに幸福であることはかえって不幸を招き、むしろ、『良いこと・悪いことが同数存在するのが真の人生である』という、いわば『バランス志向的幸福』が共有されている。幸せの意味について5つ記述してもらう課題を実施すると、アメリカでは得られた記述全体のうち97.4%がポジティブな記述(何かを達成したときに感じる、何事にも前向きになるなど)になったのに対し、日本では全体の68%にとどまり、残りの三割近くは『幸せになると人から妬まれる』といったネガティブな記述がみられた」陰陽。