壺中天あり

これも「六中観」から。「壺中天あり」とは、自分の現実生活の中に別天地を持つこと。哲学でも趣味でも何でもよい、人間はどんな境地にあっても自分だけの内面の世界を創ることができることだという。解説書には、「文学の造詣があるとか、音楽・芸術に達しているとか、信仰・信念を持っているとか。こうしたことによって意に満たぬ俗生活を救われていることがよくあります」とある。どうも昨今の今日の一言を書いていると壺の中で天を仰ごうとする傾向が強いように思うのは、私の俗生活が意に満ちてないかしらん?