上杉鷹山の打った手

米沢藩を受け継いだ上杉鷹山は、「大倹約令」を出して自ら質素な生活をし、その一方で米作以外の殖産興業に全力を挙げる。寒冷地に適した漆やコウゾ、桑、青ソなどの栽培を奨励し、「各100万本植栽計画」を打ち出す。これらを他藩に原料として売るのではなく、最終商品を藩内で作る。青ソを原料として織物工業を興して「米沢織り」をブランド化し、漆の実からは塗料を作り、コウゾからは紙を漉き、桑で養蚕を行い綿織物に仕立てる。自ら城内で植樹を行い、武士たちには庭で作物を育てることを命じ、働けぬ老人のために米沢の小さな川、沼を生かして錦鯉の養殖を手がける。野草の中でも食用になる植物82種を挙げて、藩内にそのパンフレットを配布して非常用食料の確保につとめたことで、天明の大飢饉を乗り切る。うーむ。やはり、為せば成るだなあ。