あらゆる努力の積み重ねを惜しまない

河谷史夫さん。「初日、橋本は打ちのめされる。それは黒澤が手にする分厚い大学ノートに記された登場人物の設定ぶりだ。例えば侍の中心人物である勘兵衛の人物像が、貪欲に、執拗に書いてある。『背の高さは五尺四、五寸、中肉中背、草履の履き方、歩き方、他人との応答の仕方、背後から声をかけられた時の振り返り方……』人物の彫りがきちんとできているかどうかに作品の出来はかかっている。黒澤という人は、と橋本はこのとき思い知るのだ。『手抜きしてはいけないものには手を抜かず、常人にはおよそ考えられない、ありとあらゆる努力の積み重ねを惜しまぬ男である。』と。(略)『知力も体力も喪失し、精も根も尽き果て、血ヘドを吐くような中でなおも書き続け』ゴールインしたのは三月半ばであった」そこまでの意気と根性で仕事を。