日常に生きる意味を

nakatomimoka2017-06-14

泉谷閑示さん。「『生きる意味』とは、何かを得たり達成したりすることによって感じられるものではなく、人生に『意味を問う』ベクトルを向け続けることによって感じられるものである、と述べました。もしそれが、何か特別なことをしなければ得られない感覚なのだとしたら、私たちの時間のほとんどを占める『日常』は、『生きる意味』の感じられない殺伐としたものになり下がってしまいます。つまり、何でもないように見える『日常』こそが、私たちが『生きる意味』を感じるための重要な鍵を握っているのです。日常を死んだ時間として過ごしてしまうと、感性を硬直化させることになってしまい、ある時に例え素晴らしい非日常的体験を得たとしても、もはやそこに十分な喜びを感じ取ることができなくなってしまうでしょう」何でもないような『日常』に注目。