志と行為の動機の純粋さ

nakatomimoka2014-02-09

ああそうか。わかった。行為の動機の純粋さだ。志ということを考えていた。財界活動をするのが、自分を承認してほしいからなのか、世の中をよくしたいからなのか、と考えていてその時に閃いた。つまり、僕がやろうとしていることの動機が、「世のため、人のため」なのか「自分のため」なのか、ということなのだ。それが「志」があるかどうかだ。「大義」と「野心」と言い換えてもいい。自分の為というのは、欲である。自分のことについては自分の為で構わない。でも、会社や仕事や成し遂げたいこと、家族や友人やコミュニティーや社会の人々に関することに関しては、その動機が「偉くなりたい」という名誉欲や出世欲、権力欲であったり、相手に見返りを期待する承認欲であってはいけないのだ。それでは人が動いてくれない。それが器の大きさなのだ。