将来に貸しはない

玄侑宗久さん「では、見えない因果や縁起に対してどうするか。それは、今日なら今日、この一時間なら一時間で生まれて死ぬっていうふうに区切ってしまうことだと思うんです。独立した今日、独立した今であって、連続していないと考えるわけです。その考え方を禅では『日々是好日』と言います。毎日毎日が独立して良い日なんですね。例えば今日一生懸命何かをやるのも、将来の果報を期待して我慢してやっているのでは、その先が来ないと納得できない。だから、今日やっていることのご褒美は今日もらってしまう。つまり、今日一日とても楽しかった、素晴らしかったと思えば、今日のご褒美は今日全部もらえて、たとえば明日は来なくてもチャラ。将来に貸しはないわけです。そういう“これから”っていうのは来ないんです」今日一日のなかで清算してしまう考え。