練達は希望を生ず

加藤一二三さん。「私の場合には9年後に名人になり、願いが叶えられたわけですが、この9年が長いか短いかは私にはわかりません。中には神様に20 年も30年も願い続けていらっしゃる方もいます。願いがいつ叶えられるかは人間にはわからない。しかし神様はその人にとって一番相応しい時に必ず願いを叶えてくださると信じることができれば、人々は辛苦に耐えていくことができるのです。キリスト教の最高の徳は忍耐だといわれています。新約聖書の『ローマ人への手紙』の中で聖パウロは次のように言っています。『艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず』。失敗とか挫折とか、思うようにいかないことがあるからこそ、人間は成熟し、人格的にも深みが増していくんですね」自分にとって一番ふさわしい時に、必ず願いが叶うはずと信じて。

信仰は楽観を生む

加藤一二三さん。「でも、負けた直後に、近い将来にたぶん名人になれるだろうという予感がしたんです。どうしてそんなに楽観的になれるのか。キリスト教の信仰と関係があるのかもしれません。信仰をするということは、神様を認める、つまり人間を超える存在を認めるということです。その神様の御手の中に生かされていると感じた時、人はすべてを神様に任せるという気持ちが起こってくるんです。そうなると誠実に毎日を精いっぱい生きているならば、たとえすぐに効果はなくても、いつか必ず神様が自分の希望とか願いを叶えてくださるであろう、と思えるようになる。神様から見て、その人にとって一番いいときに願いを叶えてくださるというのがキリスト教の信仰です。だから挫折とか失敗とか苦しみにやけっぱちにならないで、耐えていきましょうと」神仏に。

幸福は集合的な現象

内田由紀子さん。「繰り返し述べてきた考えの一つは、幸福は『ごく個人的』なものと考えられがちであるが、実は社会や文化の影響を大きく受ける、『集合的な現象』でもあるということである。文化や社会という環境のなかで学習され、伝達され、共有される『幸福のあり方』は、そこに生きる個人のライフスタイルや幸福感を方向付け、その行動にも影響を及ぼす。これまでの心理学の研究モデルは、個人内のメカニズムについて検討することを超えられないという理論的・方法論的限界があった。しかし、幸福のようなより大きな問題を考慮したときには、個人モデルの追求だけでは足りない。社会の価値観に関する分析、自然環境に関する分析など、分野を越えた協力関係のもとに研究を進めていく必要がある」文化や社会の中で変わりうる幸福の概念と変わらぬものと。

幸福を感じる力

内田由紀子さん。「GHNは、第四代国王が1970年代に『ブータンGDPよりGNHを大切にする国にしたい』といったことに始まるといわれている。経済成長を目指しても人々が幸せにならないのであれば、経済成長というのはもしかすると緩やかでもいいかもしれず、逆に経済成長することで失ってしまうものを大事にしたほうがいいのではないかというようなことをブータンは発信している。ブータンを訪れたときに印象深かったのは、『幸福を感じる力』への志向性である。とくにブータン仏教と幸福感の関わりは否定できない。祈りや瞑想の時間を設けることが日常的に行われており、人々は『足るを知る』の精神を重要視している。それゆえ、HAPINESSという言葉を用いているが、本当は【幸せ】ではなく【充足】という意味に近い」足るを知って幸福の感度をあげる。

若者の幸福感の変化

内田由紀子さん。「ブータンの幸福感は、いわゆる北米系の『獲得志向』の幸福感とはとても異なっている。もちろんブータンでも良い教育を受けること、あるいは自尊心を高くすること、労働意欲や経済状態は大切にされている。しかし、最も重視されているのは感謝の気持ちと充足感である。両親、先祖、自然、動物たち、土地に感謝をしながら、日常のなかで充足感を感じていることをブータンの人たちは大切にしている。ブータンは人々が『幸福の国』という言葉から想像するような、いわゆる桃源郷というわけではない。経済的には最貧国のなかに含まれるし、地方部ではインフラが整っていないところもある。しかし人々は誇りと他者への信頼をもって暮らしていることが伝わってくる」仏教国で農業人口が9割。医療費と教育費は無料。面積は九州くらいだという。

若者の幸福感の変化

内田由紀子さん。「こうした社会状況の中、若者の『幸福感』は変化している。現在の50代以上の『親世代』の価値観であった『努力して豊かになろう』というものはもはや若者の目標や願いとはなり得ない。『親よりも稼げるようになりたい』という意識は世界各国の若者と比べて、日本は最低ランクである。また、日本・韓国・中国・米国の高校生の意識調査を行った所、『偉くなりたいですか?』という質問に、『強くそう思う』『まあそう思う』とした回答割合は、中国は86%、韓国72%、米国66%なのに対し、日本は43%で最も低く、日本の高校生の目標は『のんびりした暮らし』であったという。若者は経済的には厳しい状況になるが、団塊の世代のように、『夢を追いかけ、大志を抱く』ことよりも、現状の維持と周囲との親密な関係への志向性が高い」夢。

心のあり方は二階建て

内田由紀子さん。「日本の心のあり方は今、二階建ての家のようになっているのではないだろうか。一階が協調性なら、二階は独立性である。協調性が長く根づいてきた一階の基礎部分だとすれば、平屋建てだった日本の心のあり方に、グローバリゼーションと市場原理主義で十分に高まった『個人の自由』を重んじる価値体系が入ってきて、二階部分が増設された。公平で自由な競争、グローバルな価値観に対応しているのが独立性で、『個人の自由』と『ユニークさ』を支えている。しかし日本における独立性は、『後づけ的』な二階部分であり土台化はされていない。個人の自由も独立性の希求も、いずれも確固たる『個』の意識についての本質的な理解が伴わなければ難しい。一部分だけを取り入れようとしたときに、どうしてもひずみが出てしまう」継ぎ足しの。